2023/10/5

サッカー選手に多い股関節の痛みについて~鼠径部痛症候群/Groin pain(グロインペイン)症候群~まとめ

 
 
鼠径部痛症候群=groin pain syndrome(グロインペイン症候群)とは
 
「何らかの理由で生じた全身的機能不全が鼠径周辺部の器質的疾患発生に関与し、運動時に鼠径周辺部に様々な痛みを起こす症候群」
 
 
 
 
今回は鼠径部痛症候群=グロインペイン症候群についてまとめていきます。
 
グロインペインはサッカーやラグビー、陸上競技などのキックや蹴りだす動作をする競技に多く、
8,490 名のアスリートを対象にした調査によれば、種目別割合はサッカーが約45%と最も多かったとの報告があります。
 
サッカー選手は状況に応じて様々なキックを使い分けており、あらゆる負荷がかかることからグロインペインの発症のリスクの一因と考えられてます。
 
 
 
 
グロインペインの分類
 
MRI等の画像診断はしないで、理学所見のみでの分類方法として、グロインペインに関する臨床的概念を
①内転筋関連のグロインペイン
②腸腰筋関連のグロインペイン
③鼠径部関連のグロインペイン
④恥骨部関連のグロインペイン
の4つに分類しています。
 
グロインペインの主な発生部位として、
内転筋( 64%)、腸腰筋(8%)、腹直筋腱(2%)の順に多いことが報告されています。
 
先日ブログで書いた症例は①の内転筋関連のグロインペインとなりますね。
 
 
 
グロインペイン既往歴のある選手は
既往歴のない選手と比較して再発の危険性が約2倍高く、グロインペインを発症した選手のうち約26%が再発を経験していたことも報告されています。
また、グロインペインは先にお伝えした通り内転筋が関連する場合が多く、一度発症してしまうと再発する可能性が高く、また改善に向けて時間のかかる障害です。
 
 
 
 
グロインペイン症候群になぜなるのか?原因は何?
 
グロインペインの原因には以下の報告があります。
 
Engebretsenらの報告によれば、グロインペインの原因は、主にグロインペインの既往歴の有無と内転筋の筋力低下である。
 
Thorborgらは、グロインペイン群と無症状群の内転筋力を比較し、エキセントリック収縮(関節を伸ばしながらの筋力発揮)中の内転筋力がグロインペイン群で有意に低かったとした。
 
Thorborgらがサッカー選手を対象に行なった内外転筋力測定の別の研究報告によれば、グロインペイン群は無症状群と比較して、内転筋力が外転筋力よりも20%程度低かった。
 
Malliarasらも類似した傾向を報告しており、グロインペイン群と無症状群の内転筋力を比較した結果、約 20%の筋力差が認められたとしている
 
グロインペイン既往歴群の筋力低下は、これまでに示されていた蹴り脚の内転筋のみではなく、支持脚の大殿筋およびハムストリングスにも顕著に認められた
 
 
 
上記のことから原因をまとめると、
グロインペインの既往歴の有無と蹴り脚の内転筋の筋力低下、支持脚の大殿筋およびハムストリングス筋力低下、内転筋外転筋などの股関節周囲筋群の筋バランスの崩れにより発症しやすいということになります。
 
 
 
これにはその他の障害におけるリハビリテーション不足や筋疲労、柔軟性の低下、骨盤と体幹の不安定性、
不適切なウォーミングアップ、不良姿勢などが考えられます。
 
再発防止のためには上記の改善も必要ですが、患部に負担のかからない効率かつ円滑なキック動作の獲得が必要不可欠です。
 
では、再発防止のためのキック動作とはどのような要素があるでしょうか?
 
 
 
 
鼠径部に負担をかけないキックフォームの要素
 
鼠径部に負担をかけないキックフォームの要素として
現JIN整形外科スポーツクリニック仁賀らは、具体的なアスレティックリハビリテーションの中で、鼠径部に負担をかけないためには、協調運動を用いたフォームでランニングやキックができるように再教育することが重要であると述べています。
 
 
具体的には以下のように言っています。
 
①キックしている時の体幹の軸が安定していること
②軸足の外転筋力が十分であること
③スイングする下肢と上肢が同期してcross motionを行なうこと
④骨盤が垂直・水平回旋すること
⑤両側の肩甲帯を結んだ水平軸と骨盤の水平軸が互いに協調して逆方向へ回旋すること。
 
 
既往歴者を対象に行なったインサイドキックの実験では、
ball impact時における股関節内転角速度が速く、膝関節伸展角速度が遅かった。
すなわち、小さい股関節の外転動作や遅い膝関節の伸展動作を速い股関節内転動作で調整していた可能性が考えられるのだ。
 
上記のような使い方の結果症状が発症したのか、代償動作の結果なのか、は定かではありませんが痛める(痛めた)にはそれなりの使いからの特徴があるようですね。
 
 
 
サッカーのキック動作と筋活動解析を行なった検証では、
長内転筋の筋活動が蹴り脚をテイクバックさせた際に最も高く、この際にグロインペイン発生のリスクが増大する可能性が高いと推察できます。
キック動作局面はBack swing、Legcocking、Leg accelerationの3 期に分類したが、
局面が進むにつれて、グロインペイン既往歴群の長内転筋の筋活動の値がcontrol群と比較して高くなり、最終的にはcontrol群を有意に上回るという結果となっています。
 
特に、Leg acceleration期における長内転筋の過活動は、前述(キック動作の特徴)の様相とも関連する結果となっており、control群はキック動作の当初に大きな長内転筋の活動を有していたが、ball impactに向けては、その活動が低下し、むしろ力を抜くようなイメージでキック動作を行なっていたと考えられますし、グロインペイン既往歴群は、体全体の連動を活かしきれていなく、股関節の力に頼った蹴り方をしている可能性があることを示唆しています。
 
 
 
具体的な運動療法について
 
以下第 27 回日本臨床スポーツ医学会学術集会教育研修講演 8より引用
以下の文章の下に要約していますのでそちらも併せてごらんください。
 
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鼠径部痛症候群の定義は修正される
~器質的疾患の発生要因を解明して診断・治療・リハビリ・予防を行う概念に進化する~仁賀定雄
 
 
可動性・安定性・協調性が良好な状態で行なわれるサッカーのキック動作においては,肩甲帯と骨盤が連動して効果的に回旋する(筆者らは「クロスモーション」と呼んでいる)ことによって,股関節だけの動作ではなく,肩甲帯~骨盤の有効な回旋力によってキック動作が行われている
何らかの問題で上半身と連動して動作する肩甲帯~骨盤の回旋動作が妨げられると,股関節単独の屈曲・内転動作でキックが行われるようになり,股関節周辺に過剰なストレスが発生し,股関節周囲に痛みを生じると考えている.一連のキック動作で最初に動き出すのはキックする足と反対側の上肢である.一流サッカー選手達は皆キックする足と反対側の上肢を大きく外転・伸展する動作で身体の動きをリードしてキックしている
 
難治性 groin pain の原因として診断がつかないまま復帰の目処がつかず悩んでいる選手の中に,長内転筋腱付着部損傷が相当数存在すると思われる
長内転筋腱は腹直筋腱膜だけでなく恥骨上枝,恥骨下枝にも連結しており,本損傷によって恥骨付近だけでなく下腹部痛,睾丸後方の痛みの原因にもなる
 
上半身の力が骨盤を介して下肢に効果的に伝わる動作(クロスモーション)を習得させることが重要である.股関節の単独屈曲,単独内転は行わないようにし,股関節の屈曲,内転を行う場合は常にクロスモーションによって動作することを指導する
 
拘縮除去に蒲田が提唱した組織間の滑走不全を徒手的にリリースする手技を用いると効果的である.呼吸法から指導して,胸郭が効果的に動いて,横隔膜がコアの蓋をしてコアが効果的に機能し,仙骨・腸骨が効果的に機能するようにリハビリを行う
 
日本臨床スポーツ医学会誌:Vol. 25 No. 2, 2017.
 
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上記の内容を要約しますね。
 
サッカーのキック動作においては、可動性・安定性・協調性が良好な状態で行なわれる必要があります。
肩甲帯と骨盤が連動して効果的に回旋することによって、股関節だけではなく肩甲帯~骨盤の有効な回旋力がキック動作をより効率的かつ円滑にダイナミックなものとしてくれます。
 
上半身と連動して動作する肩甲帯~骨盤の回旋動作が妨げられると、
 
股関節単独の屈曲・内転動作でキックが行われるようになる
 股関節周辺に過剰なストレスが発生する
  股関節周囲に痛みを生じる
 
このような流れで「痛み」を患うこととなります。
過剰なストレスを感じた時点でなんとかすることができれば、「痛み」とならずに済むのですが、中学生高校生となると限られた3年間で「競技を休む」という選択ができないということもありでしょう。
だからこそ日々のケアが大切となってきますね。
 
 
「一連のキック動作で最初に動き出すのはキックする足と反対側の上肢である。一流サッカー選手達は皆キックする足と反対側の上肢を大きく外転・伸展する動作で身体の動きをリードしてキックしている。」とあります。
写真のような動作を習得するために仁賀は以下のように言っています。
 
 
「上半身の力が骨盤を介して下肢に効果的に伝わる動作(クロスモーション)を習得させることが重要である.股関節の単独屈曲,単独内転は行わないようにし,股関節の屈曲,内転を行う場合は常にクロスモーションによって動作することを指導する」
 
クロスモーションエクササイズ(仁賀先生が指導しています) 
 
 
 
上記のエクササイズは体幹の安定性が求められるエクササイズとなりますので、腕や脚の動きに対して体幹が反ったり丸まったりしてしまう方は段階的なエクササイズを以下にまとめましたので参考にしてください。
 
グロインペイン症候群予防のエクササイズ
 
 
 
 
参考、引用
仁賀定雄, 池田浩夫, 張禎浩, 望月智之, 吉村英哉, 坂口裕輔, 岩澤大輔. 鼡径部痛症候群 に対する保存療法. 臨床スポーツ医学. 23(7):763-777.2006. 
Groin painに悩む男性サッカー選手の身体特性  C NSCA JAPAN Volume 29, Number 6, pages 5-11
鼠径部痛症候群の定義は修正される~器質的疾患の発生要因を解明して診断・治療・リハビリ・予防を行う概念に進化する~日本臨床スポーツ医学会誌:Vol. 25 No. 2, 2017.